なんか、体重が少しずつ微妙に減り始めた。
けっこう離脱症状を誤魔化すために甘いもの食べてるんだけど、やはり酒のカロリーが減る分、維持できているのかしら?
明日で、断酒30日☆
まあ、単なる通過点。
別に、もう一生涯ただの1滴も呑まないだろう、とか、1杯飲んだら元の黙阿弥、とは正直思っていない。
ただ、最低3年は1滴も口にしないほうがよいだろう。という感覚が禁煙によって身についた経験としてある。
禁煙して13年過ぎたけど、ベロンベロンに酔っ払って、これまで3~4本ほど吸ったことがある。
1回は記憶にないけど「お前煙草吸ってたよ」と友人に言われた。
たいてい、2呼吸分くらいで、酔っていても怖くなって止めている。
マインドコントロールでニコチンの恐ろしさを自分で必要以上に洗脳しているから止まれたのだと思う。
でも、禁煙して3年以上経過していたし、常用者に戻る事もなかった。
それも、もう5年くらい前だ。
もうベロンベロンになる事もないから煙草を吸う事もないだろう。
正直ホッとしている。
3年以上断酒しても、たった1杯の酒は危険、という認識はある。
煙草も一緒、本当はたった1本の煙草も危険。
数年禁煙してても、6年生の時に初めて煙草吸った時のようにゲホゲホすることは無かった。
それがゾクゾクゾクっと怖くなって火を消した。
で、また1-2年経ってベロンベロンの時、一服。
やはり同じように怖くなって、すぐ火を消した。
酔っぱらって、たぶん学校の便所に隠れてエンタをふかしたように、悪ふざけして吸っちゃったんだと思う。
でも、自分の意識の中には、ニコチンはモンスターという刷り込みがあるので、吸うと怖くなる。恐怖心が発動する。
素面の時は、実は煙草を持つだけでビクッとするような恐怖心がある。
これを3年かけて、アルコールにも行っていこうと思う。
一杯口にしたら、気持ち良ければ気持ちよいほど、美味しく感じれば美味しく感じるほど恐怖心を抱くようになると思う。
そこで止まれば、もし禁断の1口を口に入れてしまっても怖さが勝るだろう。
幸か不幸か、もともと、肝臓の働きが強く酒に強いタイプのようなので1口、2口くらいじゃ理性を失うほど酔いはしないとも思う。酒飲んでいてもγ-GTP18~50。
飲酒時代でも、どうしても付き合わなければならない宴会、でも翌日ロケで激早起きが必要な時などは、最初の乾杯だけして、残りお茶、ジュース、ノンアルで4次会まで7-8時間付き合って、車でロケに直行などもできていた。
だから、とにかくアルコールの真の怖さを知ることが大切だと、断酒ブログ、とくに「底をつき」ときのブログ記事を読み漁っている。
人間は弱く、愚かだ。過ちを繰り返す。
だから、禁断のひと口をしてしまって
「もう駄目だ、飲んでしまおう」と逆に思ってしまわないようにストッパーを設定する必要がある。と思っている。
「1本吸ったら元の黙阿弥」「1杯飲んだら連続飲酒が始まる」という情報は、1口目の抑止力にはなるが、失敗した時に「諦め」を抱いてしまう事にもつながる。
「どうせ1杯飲んでしまったから」
「断酒記録が途切れたからどうせ0からスタートするなら今日は飲んでしまおう」
となりやすい。
だから、本当に怖いのはそこで諦めて負けてしまう事だ。
ここに恐怖心を埋め込んでストッパーにしたい。
正味、アルコールの被害を断酒ブログを読み漁っているとニコチン以上のモンスターだと思える。
朝から晩まで連続飲酒をしていた人
血を吐きながらも飲んでた人
会社でも隠れて飲んでた人
飲む→強制入院→飲む→強制入院を繰り返していた人
ホント、ヤバい。
怖いのは、もし自分が酒を断たなかった時の近未来である、と確かに認識できるからだ。
では、ぼくの「底つき」はどんな感じだったかというと・・・
義父が4年前の春に入院した。
そのとき、なんともいえぬゾゾゾゾゾーという感覚があった。
カミサンに
「ちょっと、綿密に検査してもらうように言っておきんさい」
と、話した。
春から梅雨に入る頃、義父は息を引き取った。
今年に入って、そのゾゾゾゾゾーという感覚が、酩酊するたび襲ってきていた。
うん。このまま飲んでたら嫌な予感がする。
でも確信できないし、そういう予感がして外れた事も多々あるし、「今年は少し控えめにするか~」というくらいの気持ちで「今年の目標、飲酒100日まで」としていた。
そして、3月25日。
横浜主張など重なり、4日連続で毎日酩酊していた。
25日は、1次会が17時からの酒造メーカー主催の会。日本酒で下地を作る。
この日は、後輩と一緒だった。
主催する酒造メーカーは、仕事相手なので会で酩酊する訳にはいかないのだが、この時点で4-5合くらい飲んでいた。
1次会終了、ホームグランドの飲み屋街に。
2次会は、知り合いが出店したばかりの店で、行きつけのスナックの開店時間を待つ。
ここでは軽いサワーを3杯くらい。
3次会は、行きつけのスナックで酒メーカー主催の会から頂いてきた日本酒を3人で1本(720)をペロリ、そして焼酎のボトルを出して、ぐいぐい。この頃から記憶は薄い。
4次会はいきつけのバーでとどめ。
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
ラフロイグ
後半はほとんど記憶が無い。
もう飲めず歌えずのベロンベロンで、帰り際、その店の階段から転げ落ちたらしい。
らしい、というのは自分には全くその記憶が無く、次の日の朝に一緒に飲んだ後輩が
「キング(ほんとは本名)、昨夜大丈夫でしたか??階段からまっさかさまに転げ落ちたんですよ。」
w川・o・川w
しかも、深夜3時に帰宅して、カミサン相手にこれからの業界について大演説をしたらしい。
幸い、どこにも全く怪我はなかったが、目が覚めてほとんど記憶もなかった。
とりあえず翌日から禁酒した。
生涯断酒とも思ったが、まだその決意は無かった。
周りの反応も、「飲まないキングはあり得ないでしょ~」とか「できない事言わないで下さいよ~」
最大の被害者であるはずのカミサンですら「無理無理」と一笑。
「だよな~飲まない俺なんて俺じゃないよな~」
という考えに至った。
ただし学んだ今となっては、この考えは自分の思考によるものではなく、アルコール依存症による思考の症状だという事を知っている。
かくして、ひとり蒲田行進曲後の禁酒は15日で終了。
というか、2週間も我慢できるんだから、自分はアルコールを制御できるジャン。
「やっぱ飲まなきゃ調子でないし」
と思っていた。
調子でない時点で、離脱症状・禁断症状で有る事に気づけばよかったのに(-。-;)
そして再飲酒。
1日目はホロ酔いで止めることができた。
やはり酒を飲むと元気になるな~酒サイコーとか思っていた。
単なる、禁断症状が止まっただけなのに。
2日目、3日目は禁酒中にグズグズしてしまった貯まった仕事を片付けた。
夕方にはプシュー。やはりこれがあるから頑張れる、とか思った。
離脱症状がなくなったのと、ヤク切れを補っているだけなのに。
4日目は仕事が煮詰まって(能率が上がっているつもりだが、実は下がっているので)、「少しくらいなら飲みながらやったほうがいいかも」と自宅勤務のあだである「自由の履き違え」から、3%の軽めのチューハイを飲みながら仕事。やっつけ仕事だが、禁断症状が出ないのでなんとかやっていた。
もうヤバい領域。
ストレスがかかると短い禁断症状に耐えられなくなっていた。
5日目は、さすがに昨日のは、ヤバいよな~と思いつつも取りあえず仕事を片すために、これならいいだろ、とホッピーを飲みながら仕事。まさに50歩100歩。
そして、夕方仕事がひと段落ついたら「やっと本物が飲めるぜ」とビール1リットル、昨夜飲み残したウイスキーを100ccくらい。呑み足りずに、妻の目を盗んで禁断の料理酒飲み。さすがにまずいので飲みにくい。買い物に行く、という妻に「今日はまだビール1本しか飲んでないから、酒買うから連れてって」と嘘をつき酒を買いに。ウイスキーを買って、後輩と電話でバカ話しながらクイクイクイと飲む。迷惑な奴。
散々飲んで満足したのか、電話を終え、自分の部屋から出た。
ところで記憶が途切れ、気がつけば朝がた。
なぜか、全裸で敷布団の下で寝ていた(失笑)
しかし、目覚めて自分の状態に血の気が引く。
まるで記憶が無い。
「昨日酔ってクダ撒いた??」とカミサンに尋ねるが、カミサンも子供も口を聞いてくれない。
やっちまったな~
頭もイタタタタタ(ノ_・。)
これはヤバい、もうヤバい領域だ、きっと暴れたんだ~
酒怖えええええ
酒から逃げたいぃぃぃいい
と、近くのアル症専門病院に駆け込んだ。
で、今日にいたります。
その夜、何をしてしまったのかというと、
実は
「暑い暑い」と吠えて、全裸になって、布団に行って大人しく寝ただけ、らしいのです。
で、夜中に寒くなって、敷布団の下にもぐったよう。
別にそんなにクダはまいていなかったらしいが、
反省を促すため、親子で怒っているふりをしたらしい。なんというチームワーク。まさに「アル症被害者の会」である。
が、それが結果として専門医に駆け込む事になり(そこまで反省するとは思わなかったそうですが)、さらに「生涯断酒」を目指す事になったのだから、良かったのだと思う。
ほんと、アル症による廃人への道の第一歩を確実に踏み出していたとつくづく思う。
ここで止まってよかった。
万が一、酒を口にしてもゾゾゾゾゾーと恐怖心と悪寒が走るようになるまで
アルコールの真実を目をそらさずに見つめて行こう、と思っています。
人間は弱いです。
まさに禁断の果実である、薬物を、人間がコントロメールできる物ではありません。

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